空き家との出会いと60kmの現実
家と出会った日の帰り道。
胸の奥は高鳴っていた。
けれど同時に、ひとつの現実が頭から離れなかった。
築50年の平屋。
海が近いはずなのに、雰囲気は山の中だった。
隣には林が広がり、周囲に隣接した家はない。
庭があり、風が通り抜ける。
どこか懐かしい匂いがした。
庭に出て畑を見渡したとき、不思議と「ここで暮らしている自分」が想像できた。
築50年の空き家の様子については、動画でもご覧いただけます。
「40万円の家って、どういう家なの?」
など、興味を持たれた方は是非、動画を覗いてみてください。
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そんな余韻に浸りながら車を走らせていると、カーナビに表示された数字が目に入る。
片道60km。
自宅から空き家まで60km。
往復すれば120kmになる。
退職後、私はそこへ毎日通うつもりでいた。
頭の中で計算する。
月に約3,000km。
年間36,000km。
数字にした瞬間、その距離は急に現実味を帯びてきた。
それは思いつきで選べる距離ではなかった。
距離よりも大きかった不安
正直に言えば、60kmという距離そのものが怖かったわけではない。
単身赴任時代の私は、毎週末片道150kmを走っていた。
国家公務員として働いていた頃、勤務地と自宅は離れていた。
金曜の夜、仕事を終えて高速道路に乗る。
家族に会うために往復300kmを走り、日曜の夜には再び同じ道を戻る。
その生活を何年も続けてきた。
だから60kmだけを見れば、それほど長い距離ではない。
けれど決定的に違うのは、「毎日」ということだった。
毎日120kmを走る生活。
体力は持つだろうか。
事故のリスクはどうだろう。
そして何より、お金の問題がある。
もしガソリン車だったら。
燃料代だけでも大きな負担になるかもしれない。
退職後の生活では、その支出は決して小さくない。
私が感じていた「遠さ」の正体は、距離ではなかった。
金銭面と体力面。
そして、本当に続けられるのかという不安だった。
それでも、あの空き家の空気を思い出すと簡単には諦められなかった。
あの場所で過ごす時間。
あの畑に立っている自分の姿。
その光景が頭から離れなかった。
背中を押してくれた一台
そんなとき、ふと視線を落とした。
そこにあったのは、静かに佇む一台の車。
私の愛車、日産リーフだった。
日産リーフは、電気自動車で、ガソリンを入れない。

アクセルを踏むと滑らかに進み、信号待ちでは驚くほど静かだ。
ガソリン価格を気にしてため息をつくこともない。
この車と過ごしてきた時間を思い返した。
単身赴任時代、移動はどこか消耗する時間だった。
長距離運転は義務のような感覚だった。
けれどリーフに乗るようになってから、その時間が少し変わった。
音が静かだからかもしれない。
走るコストへの不安が小さいからかもしれない。
移動そのものが、少し前向きな時間になっていた。
だから私は、あの空き家を前にして思えた。
「この車なら通えるかもしれない」
距離は変わらない。
60kmは60kmのままだ。
それでも、その距離を支えてくれる存在がある。
それは想像以上に大きかった。
もしリーフがなかったら、私はあの家を「素敵だけれど遠い」と結論づけていたかもしれない。
決め手は間取りでも価格でもなかった。
「続けられる」と思えたことだった。
退職後、毎日120kmを走る。
それは確かに勇気のいる選択だ。
けれど私、これまで何度も長い道のりを走ってきた。
家族に会いたい一心で走った300km。
その経験があったからこそ、60kmはもう恐れではなかった。
それは新しい暮らしへ向かう道のり。
遠さではなく、希望までの距離だった。
あの平屋を選べたのは、私の覚悟だけではない。
静かに隣にある一台が、「大丈夫」と背中を押してくれたからだ。
こうして私は、毎日120kmを走る人生を選んだ。
不安がゼロになったわけではない。
それでも、期待のほうが少しだけ大きかった。
120kmという現実は、私の決断を試した。
それでも、私はこの場所を選んだ。
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