父と最後の釣り(番外編:日帰り旅行の帰りに)

🌸 暮らしのひとこま

あのとき、私は心のどこかで思っていた。

「父が外出できるのは、これが最後かもしれない」

両親と妹と私の4人で、日帰り旅行に出かけた。
海沿いの道を走る景色は、少しだけ春の香りが混ざっていた。

私は念のため、釣り竿を車のトランクに忍ばせていた。
旅行先で海沿いを通ることが分かっていたからだ。

帰り道、海沿いの小さな堤防を見つけた。
思わず車を停める。

「お父さん、釣りする?」と聞くと、父は静かに首を横に振った。

「見てるだけでいい、お前がやれ」

父は座って、海を眺める。
私はその横で、竿を一本だけ出した。

あんなに釣りが好きな父が、竿を出せなほど弱っていることが悲しかった。

父と私はずっと浮きを見ていた。

以前、二人で瀬渡しで磯に行き、50cmのチヌを釣ったことや、
釣りを覚えたての頃、要領が悪くて父に叱られたこと、
爆釣を期待しワクワクしながら釣り場へ向かったこと、

これまで父と釣りに行ったことを思い出した。

「体調がよくなったら、今度は1日中釣りをしよう」
父は「そうだな」と言う。

釣りの時間はほんの小一時間ほど。

その頃の父は、座っているだけでもやっとの状態だった。
でも、あの短い時間が、父と一緒に過ごした最後の釣りになった。

もっと釣りのこと教えてもらいたかった。
もっと、いっぱい一緒に行けばよかった。

波の音、潮の匂い、父の穏やかな表情――
今でも鮮明に思い出せる。

実は、この1年後に偶然に、父と最後に行った釣り場の近くの空き家と出会った。
購入した後で、なんとなく見覚えのある海を見て、父と最後に行った釣りの事を思い出した。

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